タクシージャパン 掲載コラム

私的DiDiモビリティ・ジャパン体験記

2年ぶりのコラム

 2018年の10月に、問題になった『何故、DiDiモビリティ・ジャパン?』のコラムを書いてから丁度2年になる。その年の10月1日からDiDiモビリティ・ジャパンの業務委託を引き受け、個人的には今まで経験したことのない刺激的で、異次元の体験をさせてもらった。
68歳にして年金受給者の身でありながら、全国のタクシー事業者の方々にDiDiのドア・オープナーという役割でお会いできたのは、私にとって貴重な経験であった。
 もちろん当初はライドシェア勢力と警戒され、また外資ともみなされたDiDiモビリティ・ジャパンへの風当たりは強く、私も「裏切り者」扱いされかけたが、幸いにも全タク連で賛助会員に認定されたことによって、徐々に理解も進み、市民権を得るようになった。
 いずれにせよ、この9月末を以て、私はDiDiモビリティ・ジャパンとの業務委託契約を終了したのだが、DiDiモビリティ・ジャパンの一員として活動し、またDiDiモビリティ・ジャパンのサービスを採用するようお願いしたタクシー事業者の方々に自分なりの総括をする責任があると思うようになった。タクシー日本新聞社の高橋社長に、再度、「Taxi Japan」でのコラム再開をお願いしたところ、DiDiとの業務委託契約も終わったということなので良いでしょう、ということになった。もちろん、DiDiモビリティ・ジャパンそのものの総括や評価は私の役割ではなく、あくまでも一個人の「何故、DiDiモビリティ・ジャパンだったのか?」、そしてその「何故?」が、結果として自分にとってどう総括されたのか、ということを、守秘義務契約に触れない範囲で書いて行こうと思う。

何故DiDiモビリティ・ジャパン?

2年前の連載最後のコラムでは、私は次のように書いた。
 「私にとって、この判断は滴滴出行というよりソフトバンク本体の、あるいは孫正義さんのこの37年の歴史の中で培ってきた『志』、その具現化としての経営理念、時代認識、戦略への共感による」
 「2010年には300年先を見据えて、『情報革命によって人々を幸せにする』、それを実現するための『群経営』構想、とりわけ間近に迫った『シンギュラリティ』(人工知能が全人類の知能を超える時点)に備え、全世界の情報革命(その一環としての移動革命)のためのプラットフォーマーたらんとする構想に度肝を抜かれたことである」
 「さらにトヨタ自動車と連携するモネテクノロジー社の設立など、IоT、ビッグデータ、AIの時代におけるプラットフォーマーとしての布石を着実に打っていることにその未来と世界への視野の広さ、着実な布石に驚きを禁じ得なかった」
 「そしてそのようなIоT、ビッグデータ、AIを駆使したプラットフォームこそがタクシーを含む移動産業の構造的な生産性の低さ、そしてその結果である乗務員の長時間、低賃金、社会的地位の低さを改善、改革する道であると信じたからである」
 「『タクシーのビジネスモデルの改革』=『総合生活移動産業創造』のお手伝いをしたいと言いながら、未だ何も出来ていない自分としては、この新しい移動産業のプラットフォーム作りのお手伝いをすることに、自分の残された寿命を使うべきだと感じ、その端緒であるDiDiモビリティ・ジャパン普及へのお手伝いをすべきと判断した次第である」

絵空事に終わった……

こうした私の一方的な思い入れと期待は、少なくとも今の時点では絵空事に終わっている。
 とりわけ、日本のラスト・ワンマイルの移動産業の業界において、配車アプリの普及は必須であると考えたが、各社の配車アプリを合わせても現在はタクシーの全営業回数の4%程度であるということだ。ロシアのモスクワでは、「ヤンデックス」を中心に8割の営業が配車アプリであり、中国の北京でも配車アプリ経由の営業が7割を超えるという。その一方で、日本では流し営業が充実し、タクシーのサービスレベルも高いので、配車アプリ普及のインセンティブが低い。
割引クーポン発行による利用促進策では決め手に欠け、配車アプリの普及には(定額使い放題となる)サブスクリプションがそのリスクを負う気概のあるプラットフォーマーによって実現されること、その気概を持っているのが体力的にも気質的にもソフトバンク、すなわちDiDiモビリティ・ジャパンだと期待した。が、現実はそんなに甘くなかった…。
ラスト・ワンマイルを担うプラットフォーマーは配車アプリそのものではない!
 にもかかわらず、自分がこの2年間で得た自分なりの教訓は、ラスト・ワンマイルの移動産業ではGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)的なプラットフォーマーは優位性を持たないのではないか、と思うようになったことだ。タクシーを含むラスト・ワンマイルの移動産業は、全国的でなく、ましてやグローバルでもない、地域のローカル産業であり、またネットの世界で完結するヴァーチャル産業でもなく、物理的な人の移動が関わるリアル産業である。この領域においては全国的である優位性はなく、逆に効率の悪い過剰投資に陥りがちで、収益面での持続性にも欠けるのではないか、と思う。
 むしろ地域移動サービスの利用者、供給者、行政などのステークホルダーを、地域の現実においてネットワーク化し、地域の最適環境をコーディネートする力を持った地域特化型のプラットフォーマー、それを組織するコーディネータが必要とされるのではないか。もちろんそれを推進する重要な武器、技術は、資金力も含めIоT、ビッグデータ、AIの普遍的ノウハウであり、今話題のD X( デジタル・トランスフォーメーション=デジタル化による変革)である。
 先般、デジタル庁を推進する平井IT担当大臣が記者から、日本はGAFAを生み出すことができるかと聞かれ、端からGAFAを生み出すことを目指す気はなく、日本の得意とするリアルでローカルな世界でDX化を推進し、勝負すると述べた。またヤフーのCSO(最高戦略責任者)である安宅和人さんが話題の『シン・ニホン』という著作の中で、グローバルでヴァーチャルなデジタル化の世界で完膚なきまでに敗北した日本が、丁度、明治維新によって西洋近代の技術、文化を採り入れながら、日本の得意とする領域で急速な発展を果たしたように、第2、第3のデジタル化の波の中で、日本の特異な「妄想力」を駆使し、「出口産業」でのDXを圧倒的なスピードで実現しようと呼びかけている。

地域の最適移動産業プラットフォーマーに必要とされること

全国的であることは必須ではない。但し、地域ビジネスとしての移動産業の存続のためには時間当たりの生産性を向上させる仕組みを最低限持たねばならない。そのためには実車時間率の向上、車両の実働時間率の向上のための術を創造する必要がある。また、以上のことを実現させる利用者、事業者、行政を連携させるネットワーク力、コーディネート力も必要だ。そしてまずベストプラクティスになり得る特定の地域での成功事例を作ってから、全国化への試みにチャレンジした方が良い。
 とにもかくにも、絵空事にならぬよう、現実的な試行錯誤を、たとえ、配車アプリ業者を活用したとしても、それに頼らずにトライしてきたいものだ。
(2020年10月19日記)


清野 吉光(きよの よしみつ) 略歴
1950年 長野県四賀村生まれ、印刷関係など様々な職業に従事。1976年 清水市の日の丸交通入社。1980年 静岡市内の事務機器センターに入社。1982年 システムオリジンを仲間と創業、専務取締役。1992年代表取締役社長就任。2016年3月 システムオリジン社長退任。クリアフィールド取締役。2021年3月 システムオリジン戦略企画担当取締役に就任。2021年5月 一般社団法人静岡TaaS代表理事に就任。

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