「AI」はこの人達を救えるか?
乗務員が足りない
全国のタクシー事業者が乗務員不足に苦しんでいる。
地方に比べれば圧倒的にお客様の数が多く、売り上げも良い東京も例外ではなく、乗務員不足だ。
東京では膨大なお金と時間と精力をかけて新人の養成乗務員を募集し、教育し、そして現場へと送り出している。その一方で辞めてしまう乗務員もまた多く、結局は乗務員不足がさらに進んでしまうという会社も多いと聞く。
ところで、私は昨年、あるタクシー事業者の方にお願いして定時制乗務員になり、TSTiE(英語による東京観光タクシー認定制度)の資格取得を目指し、その結果、なんとか「東京都地域通訳案内士」の登録証を手にすることができた。
まずは新人乗務員としてタクシーの都内流し営業から経験してみることにした。
私は42年前に3年ほど静岡県清水市(現在は静岡市清水区)でタクシー乗務の経験があるとはいえ、巨大都市東京でのタクシー流し営業は全くの別世界である。
指導員による3日間の同乗研修の後、一人での日勤乗務を5日間ほど経験した。そして、改めてタクシー乗務の厳しさ、とりわけ新人乗務員の大変さについて身を持って体験させてもらった…
新人乗務員の試練
どんな仕事でも新人は辛い経験をする。タクシー乗務とて例外では無い。
その辛さに耐えて一人前の乗務員になり、そこから高営収への道が開けるのだと思うが、しかし、その前に挫折してしまう人が多いとも聞く。
まず新人乗務員の試練、とりわけ巨大都市東京での試練は、地理が分からないことである。もちろん、東京でタクシー乗務員になるためには東京タクシーセンターの地理試験を受け合格していなければならない。これ自体、地方出身の人や、それまで自動車の運転免許はあっても東京での運転経験のない人には非常に敷居が高い。
しかも、地理の筆記試験に受かったとしても、現実の運転に必要な地理知識を体得するためにはかなりの実務体験が必要である。
ある一定のレベルまでの地理知識に到達するまでのタクシー乗務は、緊張とストレスの連続である。もちろん東京の多くのタクシー利用客は優しく、「すいません、新人乗務員ですので、道が分かりません、教えていただけますか?」とお願いすると、快く誘導してくれたり、「ではナビを使って」と言ってくれたりする。
しかし、当然にもそうしたお客様ばかりでは無い。私の数少ない乗務経験の中でも「お前が新人だろうと俺には関係ない、勉強不足だ!」と叱られたこともある。確かにその通りで、自分の知識不足がお客様に迷惑をかけるのだから、新人だからというのは免罪符にはならない。しかし、やはりメゲル…。心折れずにこの新人時代をなんとか乗り越えれば、次の段階にいけるのだろう。これに要する期間はそれまでの経験や、知識、そしてもちろん努力によって決まる。
しかし、面白いもので、一方でこのプレッシャーを避けるために色々な工夫をするようになる。最初はなるべくカーナビを使わせてもらう。最近はお客様の方からカーナビに入れて!と住所を言ってくる方もある。ところが、である、私の乗務している営業車のカーナビは、住所入力が都道府県を選ぶ所から始まり、非常に使いづらく、時間がかかり、操作がスムーズでない。そこで自分のスマートフォンを車にセットし、グーグルマップの精度の高い音声入力で瞬時に目標物・住所検索ができるようにした。こうした方法は、もしかしたら所属する無線協組のルールに反しているかもしれないが、背に腹は代えられない。経路の全体が瞬時に検索、表示され、しかも渋滞情報を基にした到着時間も出るので、ストレスは随分と軽減される。
また、東京ではほとんどのタクシー会社にGPSIAVMを使った無線配車システムが導入されている。自分も最初は迷惑を掛けると思い、無線での配車要請に応答することを敬遠していたが、ある時思い切って受けてみた。そうすると驚くほど細かく配車先に誘導してくれて、かなり難しいと思われる入り組んだ個人宅にも辿りつくことができた。しかし、そこから、実車先への使い勝手が悪い。せめて精度の高い音声入力機能は欲しいところだ。
お客様とのトラブル
新人の知識不足、ノウハウ不足が本人のプレッシャーの範囲で済んでいるうちはまだ良いが、これを遠因として、お客様とのトラブルや交通違反、事故に繋がることがある。実際に私自身も8日目の乗務でこれを経験する羽目になった。
無線仕事を連続して受けた午前中の5件目の仕事で、練馬の行ったことも無い地域に配車された。お客様は若い女性で、乗車するやいなや赤坂のTBSに急いで行ってくれと言う。「すいません新人なのでナビを入れさせてください!」と言って、得意のグーグルマップに音声入力。その女性は午前11時半までに行ってくれというが、ナビの到着時刻の表示は11時40分。その旨伝えると「いいから、巻いて!」と言う?
「う、業界用語?」と思いながらナビに従って走り出すが、目の前に踏切があり、警報が鳴りだす。急がなくては!という思いからつい侵入してしまうと、なんとそこに交番があり、警察官が飛び出してくる。お客様が急いでいるので、とりあえず赤坂のTBSまで送った後、荻窪警察署にすぐ出頭するように言われる。
お客様から「私が急がしたから、違反になってしまったね」と言ってくれるかなと思ったが、それには一言も触れずに、ナビの予想到着時間が遅れていくことに文句を言い続け、遠回りしたのではないかとまで言う。そして結局TBSに着いたのは12時。お金は払ってくれたが、非常な剣幕でドアをバタンと閉めて行った。悲しい……が、教訓二つ。一つ、お客様が急いでいるからといって交通違反までしてはいけない。二つ、ナビの到着時間を安易に信用し、伝えるな……。
その後、回送表示にして荻窪警察署に向かう。担当の警察官もなんとなく事情を察してくれたのか、二つの違反を一つにしてくれた。それでも2点で9000円の反則金。幸いゴールド免許なので3ヵ月もすれば違反点数は消えるとのこと。
この時は、私も結構めげていて、こういう時に無理すると、さらに問題を起こしそうだったので、乗務を切り上げることにした。しかし、生活がかかっている多くの新人乗務員は、こういう事態に耐えながら少しずつ乗務ノウハウを身に付けていくのだと思うが、嫌気がさして辞めてしまう人もいるようだ。
AIはこの人達を救えるか?
話は少し飛んでしまうが、特に優秀なAI(人工知能)はこうした事態の多くを救えるのではないかと思うし、流し営業でもスマホで乗車場所と降車場所をあらかじめ指定し、精度の高い経路と予想到着時間が示されれば、少なくとも新人乗務員が誰でも直面するこの壁の突破には役立つだろうし、またそうであってほしい。
新人乗務員でもベテランのノウハウをAIによって活用できるようになれば、乗務員希望者も増え、また挫折する人も少なくなるのではないかと思う。私の拙いタクシー乗務経験からくるAIへの切実な期待を述べさせて頂いた!
(2018年8月24日)
清野 吉光(きよの よしみつ) 略歴
1950年 長野県四賀村生まれ、印刷関係など様々な職業に従事。1976年 清水市の日の丸交通入社。1980年 静岡市内の事務機器センターに入社。1982年 システムオリジンを仲間と創業、専務取締役。1992年代表取締役社長就任。2016年3月 システムオリジン社長退任。クリアフィールド取締役。2021年3月 システムオリジン戦略企画担当取締役に就任。2021年5月 一般社団法人静岡TaaS代表理事に就任。
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