タクシージャパン 掲載コラム

クルーズ船客への手配旅行の挑戦

クルーズ船寄港の復活

コロナ禍が明け、富士山が見える唯一の国際拠点港湾である清水港に、巨大クルーズ船が今年の3月から次々と寄港している。


 奇しくも2020年2月に日本での新型コロナウイルス大規模感染のきっかけともなった大型クルーズ客船「ダイヤモンド・プリンセス号」も、この11月10日に3000人を超える乗客・乗員を乗せて清水港に接岸する予定だ。新型コロナウイルスへの感染そのものは未だに存在するが、日本と世界を揺るがしたこのパンデミックの危機については、一応は去ったのだと改めて実感する。
 清水港へのクルーズ船寄港の歴史は古く、1990年2月23日にあの豪華客船「クイーン・エリザベス二世号」が初めて清水港に寄港し、それを機に「清水港客船誘致委員会」が設立された。それ以降、全世界の豪華客船が清水港に寄港するようになった。
 改めて世界遺産にも登録された富士山の威力を感じる。その一方で、こうしたインバウンドの強力な資産を持ちながらも清水港を抱える静岡市のタクシー業界はそのメリットを十分に取り込めていない。
 1000〜5000人規模の海外からの乗船客は当然、その多くが清水港で下船して富士山を中心とした地元の着地型観光を楽しもうとする。こうしたクルーズ船では船会社自体が大手旅行会社と組んでパック旅行を企画し、観光バスをチャーターして静岡の観光地を巡る。
また通訳ガイド付きのジャンボタクシーなどをネットなどで事前に予約して、観光をする人たちもいる。事実、私も10月2日に清水港に寄港した長さ347メートルの米国の国際クルーズ船「スペクトラム・オブ・ザ・シーズ号」の乗船客でインドネシア人富裕層の夫妻を、高級車アルファードを使用したタクシーで日本平を案内した。
但し、このケースは少し特殊で、この夫妻の娘が日本の投資会社に勤めていて日本語が堪能なことから直接、地元タクシー会社にアプローチをして予約したものである。
 静岡ではまだまだ地元の旅行会社が外国人向けのタクシーを使った着地型観光パックに対する十分な対応が出来ておらず、こうした需要を取り込めていない。また、その一因として、タクシー側の乗務員の中に外国人に対応できる英語力を持つ人材が少なく、仮に注文を取れても供給ができないという問題もある。そこで、こうした問題を解決するための「静岡発観光特化型サブジョブドライバー育成事業」の試みがあった。

観光庁の補助金プロジェクト応募の顛末

今年6月のコラム第150回で、このプロジェクトの趣旨を述べたが、外国人だけでなく内外の観光客に向けた観光タクシーの供給力を強化するために、既存乗務員へのガイド能力の養成だけではなく、外国語やガイド能力がある方に二種免許を取得してもらい、そうした需要のある時に副業のサブジョブドラバーとしてタクシー乗務の仕事をしてもらおう、というアイデアであった。
 残念ながら観光庁では、タクシー乗務員としての育成が主と受け止められたのか、補助金事業としては採択されなかった。静岡県タクシー協会清水支部がプロジェクト申請の代表となり、静岡市の観光政策課も良い企画だと市の承認を出し、清水港客船誘致委員会や公益財団法人するが企画観光局も構成メンバーに加わり、地元の旅行会社、タクシー会社も参加してくれたので、すっかり採択されるものだと期待をしていたが、8月末に不採択の通知があり、「理由は開示できません」とのことであった。
観光庁には観光庁の判断基準があるのだろうが、静岡市が申請を承認した15件のプロジェクトのうち13件が採択され、2件の不採択案件のうちの1件であったということは、かえすがえす残念であった。

静岡県タクシー協会清水支部の悩み

今回の観光庁に提案したプロジェクト企画の、実はきっかけでもあったのだが、清水港のクルーズ船寄港の際は主に静岡市清水区のタクシー会社がその乗船客輸送を担っている。その際、旅行会社からの予約では問題が無いものの、多くの場合は港に用意されたタクシー乗り場からのスポット的な乗車が多い。乗り場では、するが企画観光局が依頼した通訳ボランティアが対応し、外国人客の要望を聞き、それを乗り場に待機している乗務員に伝え、おおよその運賃額(メータ運賃や時間貸切の目安)を聞き、それを外国人客に伝えて了解した場合に乗車するという運用をしている。
 多くの乗務員は英語がわ分からず、この通訳ボランティアが頼りである。しかし、ここで行き違いがあるとトラブルが発生する。また多くの外国人客はクレジットカードでの決済を要望するが、出されたクレジットカードで決済できないケースもあり、ここでもトラブルが起きる。また、外国人客は三保松原や日本平などの観光地にはタクシーがあまり待機していないことを知らず、帰りのタクシーの確保に苦労する。
 これらの問題を解決するために、静タ協清水支部の上野浩安支部長からの依頼を受け、静岡TaaSが旅行会社として予めクルーズ船への帰還も含む英語での時間貸しコースを設定し、乗車前に乗客からの注文を受けてクレジットカードで決済、乗務員には旅程を明記した運行指示書を渡し、英語が不得意でもその指示書通りに運行すれば良い仕組みにチャレンジすることにした。

10月20日初チャレンジ

10月19日の清水支部の会合において、手配旅行としての事前のコース受注とクレジットカード決済、タクシー会社との間での清算の仕組みを説明し、了解を得た上で早速、翌20日に寄港したクルーズ船で試行してみた。朝7時に接岸したクルーズ船からは多くの乗船客が降り、チャーターされたバスで観光に向かう乗客も多かったが、一方で、タクシーで富士山の見える場所に行きたいというフリーの乗船客が静岡TaaSの受付に集中した。しかし、残念ながら需要に比して金曜の午前中ということもあって、乗り場にやって来るタクシーの数が圧倒的に少なく、需要に応えることが出来ずに受付ブースは一時的に開店休業状態になってしまうような状況だった。
 他方、翌21日の乗船客が少ないラグジュアリー船では、スポットでのタクシー利用客が少なく、また逆にタクシーは土曜日の午前中ということから乗り場に列をなした。タクシーにありがちな需要と供給のミスマッチがここでも発生した。
 しかし、この2日間の経験で、クルーズ船の違いによる需要の多寡、客層などが理解でき、また受付の設置場所も含めてスムーズな導線、そして通訳ボランティアとの効果的な連携のヒントも得た。
また、タクシー乗り場の様子を各社の配車センター、乗務員にウェブカメラなどでリアルタイムに中継し、効率的な配車を出来るようにするためのインフラを整備するアイデアも得た。
究極の解決策はやはり、静岡市全体の最適配車プラットフォームをクラウド上ではあれ実現することだと改めて確信したところだ。
(2023年10月23日記)


清野 吉光(きよの よしみつ) 略歴
1950年 長野県四賀村生まれ、印刷関係など様々な職業に従事。1976年 清水市の日の丸交通入社。1980年 静岡市内の事務機器センターに入社。1982年 システムオリジンを仲間と創業、専務取締役。1992年代表取締役社長就任。2016年3月 システムオリジン社長退任。クリアフィールド取締役。2021年3月 システムオリジン戦略企画担当取締役に就任。2021年5月 一般社団法人静岡TaaS代表理事に就任。

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